ガンになるまでの過程

2007年6月16日 (土)

入院・手術となるまで

がんの話を書かなきゃと思いつつ、ずっとそのままにしていたので、
今日はがんのことを書こうと思います。


がんになるまでの過程については、こちらの3つの記事()にも
書いてありますので、良かったらご覧ください。


の記事に、「婦人科の受診は2002年の8月に再開」と書いて、
そこで話が終わっていたので、今日はそこからの続きです。


2002年8月、不妊治療にもう一度取り組むため、婦人科通いを再開。
そのころの日記からそのまま書き出します。


2002年8月20日
病院へ。もう排卵していたので、今月は人工授精は無し。
今後のことについて、主治医と少し話し合う。


9月13日
左の卵巣が腫れぎみとのこと。
2週間後にもう一度病院へ行くことになった。
  ↑
(2週間後の9月27日については書き忘れたようで、抜けている。
たしか、「腫れが少しおさまったから様子をみましょう」と言われたと思う。)


10月8日
やはりまだ左の卵巣が腫れているとのこと。
様子をみて、腫れがひかないようなら手術になる、と言われた。


10月22日
左の卵巣6センチになっていた。MRI検査をすることになった。
手術になるかも、と言われた。帰りに採血した。


10月25日
MRI検査。
始めに、腕に筋肉注射(腸の動きをおさえるもの)をする。
MRIは20分ほどで終わった。


10月29日
MRIの結果を聞きに病院へ。
左の卵巣に水が溜まり、その中におできができている、とのこと。
悪性の可能性もあるため、入院・手術することになる。
さっそく、採血・採尿・エックス線・心電図・肺活量・内科・麻酔科を
まわらされた。



そしてこの後、11月に入院・手術となります。


がん告知を受けた時(それは手術から1週間後くらいでした)よりも、
10月29日に手術が決まった時のほうが、不安いっぱいでした。

診察室を出て、待合室に座っているあいだ、手足がガクガク震えました。
子供が欲しいと思って不妊治療に通っていた私にとって、
「卵巣を取るかもしれない」ということが、ものすごく怖かったので・・・
悪性かどうかということよりも、卵巣をとるのかとらないのか、ということの方が、
その時は気になっていました。


人生で初めての手術ということもあり、麻酔かけたりお腹を切ったりすることにも
不安いっぱいだったのを今でも覚えています。
(今となっては、なんであんなに不安がってたんだろ?と思うくらいですが・・・)


その後の入院・手術についてはまた書きます。
今日はこの辺で・・・・

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2007年3月19日 (月)

お尻の話

ミームラさんが作られた「がん友☆全国MAP」に、
私も登録させてもらったというのに、私のブログは「病気の話は
どこへやら~」状態。



去年の11月21日に、「主治医と出会うまで」という記事を書き、
そこで「続きはまた次回」と言っておきながら、また時間が経ってしまいました。
すみません。
今日はその「続き」から書きますね。



11月21日の記事で「2002年の2月まで人工授精をやった」と書きましたが、
なぜ2002年の2月まで、だったのかというと・・・・



2002年3月に「痔」になっちゃったから、なのです!!



それまでも、便秘や下痢をしたあとなどに、「なんだかお尻が痛いなぁ」と
思うことはあって、おそらくずっと前から痔になる傾向はあったんでしょうけど、
やっぱり乙女の私としては(笑)、お尻を(しかも肛門を)見せる、ということに
抵抗があり、なかなか肛門科へは行けずにいました。



2002年3月26日の朝、肛門に小粒のあずきがハマってるような感じがあり、
痛みもあって、これはおかしいと思った私は、まず夫に
「悪いんだけど・・・お尻が変な感じするから、どうなってるのか見てくれない?」と、
頼みました。


私のお尻を見てすぐ「こりゃー病院行ったほうがいいんじゃない?」と
夫が言いました。肛門にポコッと小さなふくらみができていたのです。


肛門科は恥ずかしいけど、お尻は痛むし、夫に「ふくらんでるよ」などと
言われたら、行かないわけにはいきません。
恥ずかしさをこらえ、その日すぐに肛門科へ行きました。



肛門科の先生は私のお尻を診るなり、「イボ痔ですね。すぐに手術します」と
言い、その場で手術の準備が始められました。



手術と言っても、私の場合は日帰り手術で、イボを切り取るだけ、という
簡単なものでしたが、肛門というのは敏感な場所というか、
麻酔はかけられていても、手術の間ずっと違和感があり、嫌な感じでした。



その日は大事をとって実家に泊まらせてもらったのですが、
お尻がウズいて一晩中眠れませんでした。
個人差もあるでしょうけど、私はホントに痔の手術後の痛みがひどかったです。
(まぁ痛みは、そのひと晩だけでしたが。)



そして最大のつらさは、「術後も排便しなきゃならない」ということ。
イボを切り取ったばかりなのに排便・・・(汚い話ですみません)
まさに「涙を流しながら産卵する亀」状態です(笑)
ホントに痛かったです。



その後、2002年4月1日にもう一度手術。
3月26日に切ったところが、治ろうとして肉が盛り上がってしまったからです。
この時は、そんなに痛みはありませんでした。




その手術以来、肛門の痛みはなくなり、「こんなことならもっと早く病院に
行っておけばよかった」と思いました。
病気って、やっぱり「早いうちに治す」ことが大切なんですよね。


今、お尻が痛む、と感じていらっしゃる方がおられましたら、
恥ずかしい気持ちはあると思いますが、自分のためにも早く受診して下さいね。
早いうちなら体への負担も少ないですし、治療も楽です。




手術した時に、肛門科で「日常生活での注意点」という紙をもらったので
その内容をみなさんにもお知らせしておきますね。



 1.便秘をしない
 2.下痢をしない
 3.排便時間を短くする
 4.患部を冷やさない
 5.肛門をいつも清潔にする
 6.軽い運動をする
 7.腹圧のかかる姿勢を長時間とらない
 8.アルコールはやめること




あと、「お風呂で湯船にじっくり浸かりましょう」というのも先生から
言われました。(これは、4の「患部を冷やさない」につながるのでしょう)



私は便秘症だし、お風呂もついシャワーで済ませることが多いです。
なので、最近、またお尻がアヤシイかも・・・と思う時があります。
こんなんじゃダメですね。ホント、反省(^^;)



ただ、痔の手術をする前は、お尻が痛くてもガマンしてたのですが、
手術をしてからは、痛いのをガマンせずに薬を使うようになりました。
使っているのは市販の薬ですが、これがけっこう効きます。
痔はガマンすればするほどひどくなるようなので、
少しでも痛いかなと思ったら薬を使うようにして、ひどくならないように
気をつけています。

ちなみに私が使っているのは「プリザ○ース」。
「ボラギ○ール」のほうが有名か?と思ってそっちを買おうと
薬局に行ったら、「プリザ○ース」のほうに、「店長のオススメ」シールが
貼ってあったので、そっちにしました(そんな理由でいいのか?!笑)



この痔の手術があったため、婦人科にはしばらく行きませんでした。

だって・・・・
婦人科の内診じゃ、お尻も見えてしまうし・・・・(ってそこまで言わなくていいか・笑)
痔の手術後に行くのってなんだかねぇ・・・・


ということで、人工授精は2002年の2月までだったという訳です。


婦人科の受診は、2002年8月に再開しました。
もちろん、不妊治療を再開させるためです。
でも、このあと、不妊治療どころではなくなっていくのでした。


つづく・・・・
(あ~ん!まだ「がん」の話にたどりつかないよぉ~!
みなさん、すみませ~ん!!)

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2006年11月21日 (火)

主治医と出会うまで

病気のことを書かなきゃ!と思いつつ、すっかり時間が経ってしまいました。
前はいつ書いたっけ・・・?と思い、読み返すと、なんと9月8日!
(9月8日の記事はこちら

時間かかりすぎ~!すみません。

これからも時間かかっちゃうかもしれませんが、少しずつ書いていく
つもりなんで、お許しくださいませ~。

それでは、9月8日からの続きです。

通っていた大学病院をやめることにしたので、次はどこの病院に行こうかと、
婦人科に通ったことのある人から、いろいろ情報収集しました。

その中で候補にあがったのは2つの病院。
どちらも不妊治療では実績のある病院でした。

ひとつは県内の総合病院。
体外受精にも力を入れている病院ですが、産婦人科ということで、
待合室は妊婦さんも一緒、ということと、診察は平日の午前中だけで通いづらい、
というのが問題点でした。

もうひとつはおとなりの県の個人病院。
こっちは不妊専門病院で、妊婦さんはいません。
個人病院なので、午後や土曜にも診察があります。
でも遠いので、通うには、高速道を使っても、行くだけで1時間ちょっと
かかってしまうというのが問題点でした。

どっちにしようか・・・と悩んでいたとき、同じアパートの人と話をしました。
(今は一戸建てに住んでいますが、その頃はアパートに住んでいました。)
その人は、私たち夫婦が住んでいた2階の部屋の、下に住んでいた人で、
やはり不妊に悩んでいました。
あそこの病院がいいらしいよ、とか、時々、情報交換していました。

その人の友達が、私が迷っていた病院のうちのひとつ、
県内の総合病院で、体外受精をして妊娠できた、という話を
たまたまその時に聞き、「その友達が言うには、あの病院のK先生が
いいらしいよ。」ということも、一緒に教えてもらったのです。

おとなりの県の不妊専門病院も気になるけど、やっぱり近いほうが
通うのにいいのかも・・・と、その話を聞いたときに決め、
2001年5月、初めてその県内の総合病院の産婦人科に行ったのでした。
同じアパートの人から、K先生が初診を担当している曜日を
教えてもらっていたので、ちゃんとその曜日に行きました。

それが、今の主治医(K先生)と出会ったきっかけです。

初めてあった時の主治医は、説明は丁寧でしたが、表情は淡々としていて、
「ホントにこの人、いい先生なのかしら~?いいのかな~この先生で?」
と、ちょっと不安に思うくらいでした。

大学病院でのいきさつを話したら、「もし旦那さんの状態が悪いなら、
すぐに体外受精をやってみましょう」と言われたのですが、
次の診察時に、夫のブツを提出したら、「旦那さんの状態、全然悪くないよ。
これなら、人工授精からでもいいんじゃない?」と言われ、
その時やっと、「あ、この先生でいいのかも」と思えました。

それで、しばらくその総合病院で、人工授精をやりました。
と言っても、診察は平日の午前中だけなので、
排卵日が土日と重なったり、診察日に自分が行けなかったりして、
2001年5月から、2002年の2月まで、人工授精は合計5回しか
できませんでした。(もちろん、5回とも妊娠はせず・・・)

なぜ、2002年の2月までなのか・・・

長くなったので、続きはまた次回へ・・・。

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2006年9月 8日 (金)

不妊から始まった病院遍歴

紀子さまご出産ニュースは国としてはうれしいことですが、
私個人としてはちょっと複雑な心境です。

私自身、不妊に悩む経験があり、そして、
雅子さまの心情を思うと素直に喜べないのです。
「男系天皇の歴史を守らねば」などと言っている政治家を
見ると、「じゃ、お前が産んでみろ!」と言いたくなります。

産みたくても産めない人がいて、それがどんなに苦しいことか・・・
これもやはり経験しないとわからない気持ちなんでしょうね。

ちょっとこの出来事で自分のこともいろいろ思い出したり
してたので、今回は自分の病気のことを書こうと思います。

だいたい、サブタイトルに「30代卵巣がん患者の日記です」
なーんて入れてるくせに、あまり病気のことを書いて
こなかった・・・と、ちょっと反省。

私の病院遍歴から書こうと思ったのですが、そうなると、
不妊治療のことにも触れないわけにはいかないので、
まずそこからお話していこうかなと思います。

私が結婚したのは1998年の夏。すぐに子どもが欲しいと
思っていたけど、もともと生理痛がひどくて気になっていたので、
結婚して1ヶ月後に婦人科へ行きました。

その頃、妊娠中だった友達が、流産の危険性があるということで
開業医さんのところに入院してて、そこに見舞いに行ったら、
友達が「ここの先生やさしいし、生理痛のこと、相談してみれば?」と
言ってくれたのがきっかけでした。

たしかにそこの先生はとてもやさしくて、説明も丁寧でした。
「結婚されたばかりだし、1年くらいは様子をみて、それでも
妊娠しないようだったら検査してみましょう」と言われ、
生理痛の鎮痛剤だけをもらう日々が続きました。

1年後の1999年の夏、やっぱり妊娠しないので、検査をしました。
血液検査、卵管造影検査、などなど、いろいろしてみましたが問題なし。
「ご主人のほうも、泌尿器科で検査してもらってね」と言われました。

その時すすめられたのが大学病院だったので、
夫は大学病院の泌尿器科に行きました。
夫のほうも大きな問題はなかったのですが、
「運動率が少し悪い」とのことで、漢方を処方され、
それは今もずっと飲み続けています。

開業医さんの所で夫の結果を話すと、人工授精をすすめられました。
すぐにでも子どもが欲しかったし、すすめられるままに
人工授精をしたのですが妊娠はしませんでした。

私の中では「いずれ体外受精にも挑戦したい」という
思いがありましたが、その時はそこの開業医さんの所では
体外受精まではやっていなかったので、私も大学病院に
行こうかと考えるようになりました。
夫と同じ病院にしておけば相談もしやすいかなーという
思いもありました。

2000年に入ってから、さっそく大学病院の婦人科に
通い始めました。

大学病院では「開業医さんのところよりも、もう少し詳しく
検査してみましょう」と言われ、最初は「さすが大学病院!」
「こっちに移って良かった」などと思っていました。

大学病院には数人の産婦人科医がいましたが、ある日、
その中のひとりの先生が、「ご主人の状態も診たいので、
採取したものを持ってきてください」と言ったので、提出しました。

その結果を聞きにいった日のことです。
私は大きなショックを受けることになりました。

その先生は「ご主人の状態がものすごく悪いですねぇ。
こんな状態じゃ、人工授精どころか、体外受精したって、
妊娠なんかしませんよ。」と冷たく言い放ったのです。
(その頃、夫は忙しくて、疲れていたせいもあったのか、
産婦人科で調べた時、ものすごく運動率が悪かった
ようなのです)

「あの・・・泌尿器科でも診ていただいてますけど、
そんなふうに言われた事ないんですが・・・。
漢方も効いてますし、泌尿器科の先生は“大丈夫”って
言ってくださってるんですが。」と私が話すと、
その先生は、(これだから素人は困るぜ、みたいな
表情をして)「泌尿器科でどう言われてるかは知らないけど、
産婦人科とは診立てが違うんだよねぇ。
こっちでは、こんな数値では無理だと思いますよ」と、
またまた冷たく言い放ったのでした。

あまりの冷たい言い方に、その時は呆然として
反論もできず、涙も出ませんでした。

でも・・・
会計を済ませ、駐車場で自分の車に乗ったとたん・・・・
急に涙があふれてきました。
いくら自分の車の中とはいえ、周りには他の車もあり、
人目もあります。
でも、どう頑張っても涙は止められませんでした。

「なんであんな言い方されなきゃならないの?」
「医者なら“一緒に頑張りましょう”って言うべきじゃないの?」
「私はあんな言葉を聞くために大学病院に移ったの?」
いろんな気持ちがあふれてきて、しばらく車の中で、
大声でワンワン泣いていました。

今でもこの時の気持ちは忘れられないし、
その先生の名前や顔も忘れられません。
たぶん、私の中では、一生許せないと思います。

この出来事で、「同じ大学病院と言っても、違う科が
連携しているわけじゃないんだ」ということに気づき、
「もうここに来るのは止めよう」と思いました。

幸い、泌尿器科の先生は、とても感じのいい先生だったので、
夫のほうはそのまま大学病院で診てもらっています。

私の方は・・・
次はどこの病院に行こうかなーと考えて、
まずは情報収集せねば・・・と、婦人科に通ったことの
ある人などから、いろいろ話を聞くことから始めたのでした。


長くなったので続きはまた次回・・・。

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