入院1回目

2007年7月11日 (水)

術後1・2日目

梅雨入りしてからずーっとスッキリしない天気が続くせいか、
気持ちもスッキリせず、やる気ダウン↓↓でした。


家事も、やらなきゃならない用事も、ブログもすべてやる気出ず・・・(--;)
季節の変わり目は、なんだかいつもこんな状態になるんですよねー。


「まっ、いいか。そういう時は休むわぁ~」と、ずっとダラダラ生活してましたが
昨日くらいから気持ちもUP↑↑してきたので、久々にブログ復活です!!



6月18日の記事の続きを今日は書こうと思います。
(久々のブログ復活で、病気の話って・・・でもいいか・笑)


2002年11月13日・術後1日目

朝からガスが出ていたので、「ガスが出てれば水分摂ってもいいですよ」と
看護師さんに言われ、お茶を飲む。
まだ寝てなきゃならないので、ちょうど来ていた母に頼み、
ストローで飲ませてもらう。


午前中、採血。


「腕から採れなさそうなので、手の甲から採ってもいいですか?」と
若い看護師さんに言われ、「手の甲は痛いからイヤだ」と言ってみたところ、
ほかの看護師さんが来てくれて、腕から採ってくれた。
最初からちゃんとできる人が来ればいいのに・・・と思った。


採血後に看護師さんが、体を蒸しタオルで拭いて着替えさせてくれた。


夕方に点滴(水分補給&抗生剤)終了。
つながれていたものが取れるとうれしい。


夕食は流動食。
仕事帰りに寄ってくれた夫に手伝ってもらって、ストローで飲んだ。


ずっと寝たままで腰が痛むので、おそるおそる寝返りをうってみたら、
腸がゴロゴロ移動する感じがして、気持ち悪かった。




2002年11月14日・術後2日目


朝食は5分粥。

まだ体は起こせなかったけど、隣のベッドのSさん(同じ30代)に、
スプーンとか出してもらって、なんとかひとりで食べた。
形のあるごはんは久しぶりだったのでうれしくなり、がっついて食べたら、
あとから気持ちが悪くなってしまった。


今日は尿の管を抜く予定だったが、ベッドを起こしてもらうだけで
目まいがして、立ち上がってみると、目まい&吐き気がひどくなり、
自力でトイレまで歩ける状態ではなかったので、
「今日はやめておこうか」と看護師さんに言われる。
体を拭いてもらい、着替えるだけになった。


朝の回診の時、主治医が背中の痛み止めの管(硬膜外麻酔)を
抜いていったので、「あとは尿の管だけだ!」と思っていたのに・・・
残念。
(硬膜外麻酔の管はすごく細~い管で、「こんなものが入ってたのかー」と
しげしげと眺めた。)


昼食時も夕食時も(夕食から全粥)ベッドを起こしてもらったけど、
やはり気持ち悪くてほとんど食べられなかった。
昼に義母が来たが、気持ち悪くて話すこともできなかった。
申し訳なく思った。


夕方の回診で主治医に「今日、尿の管取れなかった・・・やる気は
あるのに・・・・」と言ったら、「焦らなくていいよ」とやさしく言ってくれたので
ホッとする。

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2007年6月18日 (月)

初めての手術

本日2回目の更新です。
またまた日記より書きだします。



2002年11月12日・手術日


今日は断食。そのため、水分補給の点滴を受ける。
針が入るか心配だったが、担当の看護師Aさんは一発で入れてくれた。


朝は浣腸を2回もした。大変だった。


T字帯と裾の長い寝巻(病院着)に着替えてくださいと言われて着替えるが、
T字帯の仕組みがわからずあたふた・・・・
結局、看護師のAさんと母に手伝ってもらい、なんとか着替え終わる。


夕方、父と妹が来る。


手術時間は16時~17時、の予定だったが、なかなか呼ばれず、
どうせ術後はずっと寝てなきゃならないんだし、と思って、
点滴の棒をガラガラ引きながら、婦人科病棟を歩き回る。
何も食べてないので、「お腹すいたー」を連呼しつつ歩く。


お隣のベッドのSさん(初日に仲良くなった同じ30代の人)は、
昼に手術して順調に終わったのに、私の番はなかなか来ない。


18時近くにやっと呼ばれ、抗生剤の点滴も始まる。
準備麻酔のシロップ(すっごく甘い)を飲んだら、
「寝ててください」と言われ、ベッドで横になる。


寝ているところへ、仕事から帰ってきた夫が来たので、
「もう終わったよ」といって騙したら、「うそっ??!!」と、驚いていた。


18:30過ぎ頃、手術室へ向かう。
ベッドに乗せられたまま行くので、「テレビドラマみたーい!!」と
はしゃいだら、家族はあきれていた。


手術室へは、病棟の看護師さんたちは入れず、
私だけがベッドから配膳台のような銀の板みたいなのに乗せられ、
ベルトコンベアーみたいなので動いて、手術室の入り口に入れられた。


そこから手術用のベッドで手術を行う部屋まで移動。


コンタクトレンズもメガネもしていないので、手術室の様子は
ぼんやりとしか見えなかったが、壁がきみどり色だったのは
はっきりわかった。


ぼーっとしてたら、麻酔科の先生が来て
「今日は6人も手術があったから、遅くなってごめんね。
お腹すいてるだろうから、寝てる間にご飯の夢でもみててね」なんて
言われる。


まず背中に痛み止めのための管を入れる(硬膜外麻酔)。
丸くなって足を抱えていなければならない姿勢に疲れてしまい、
「あ~足しびれた~」と、何気なく言ったら、麻酔科の先生は
「ええっ?!しびれてる?!」と、大慌て。
私も慌てて「あっ、そうじゃなくて、ただ疲れただけなんです!」と訂正。


背中の処置が終わって仰向けに。
手を台に固定されたので、顔がかゆくなったけど、かけなかった。


「じゃ、今度は麻酔の点滴入れますからね。少し痛いですよー。」
と、言われた瞬間、ホントに腕に痛みが走り、
「痛い、痛い、痛い」と3回言ったところで記憶がなくなった。


夢を見ることもなく、「こうめさん、終わったよ、わかる?!」と、
肩を叩かれて目が覚めた。


口の中に人工呼吸の管が入ったままだったので、吐きそうになるが、
「まだダメ!痰を抜くからね!」と言われ、吐きそうになるのを耐える。


人工呼吸の管を取って、少し楽になるものの、お腹の痛みがひどくて
麻酔で朦朧としつつも「お腹痛い~。お腹痛い~。」と、ずっと言っていた。


何か冷たいものを足に当てられ、「感覚どう?」と聞かれる。
足は冷たく感じたが、お腹に同じものを当てられた時は、
触ってる感じはあるものの、冷たさは感じなかった。


手術室から外のベッドに移され、お腹にさらしを巻かれ、
病室に戻った時には21時近く。
同じ病室の人たちみんな起きていてくれて、家族と一緒に
「おかえり~」と迎えてくれた。


病室では、痛み止めの坐薬を入れ、
足をマッサージする機械(血栓防止のため)と酸素マスクをつけられた。


夫は心配そうな顔で「頑張ったね」と言っていた。
(私ががん告知を受けたのは1週間後くらいだったけど、
家族は、術後に摘出したものを見せられ、主治医から
「この感じでみても・・・ほぼがんに間違いないと思います」と
説明を受けていました。なので、夫は心配そうな顔をしていたんだろうと
思います。)


遅い時間になったので、家族はすぐに帰っていった。


痛み止めの坐薬が効いたのか、痛みが少し治まり、眠る。


夜中、酸素マスクが蒸れて、顔がかゆくなってかきむしっていたら、
看護師のAさんが、鼻から酸素を入れるチューブに取り替えてくれる。
そのあとはかゆみも治まり、少し眠ることができた。

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初めての入院

更新できるときにやっとこ~!ってことで、今日も更新。

前回の記事の続きです。
また当時の日記から書き出します。



2002年11月11日・入院
午前中に入院。4人部屋。


午前中、主治医から手術の説明。
夫がどうしても仕事を休めなかったため、私の両親と一緒に聞く。
昼には義母が来てくれた。


昼食時、食堂で同じ30代の2人(Kさん、Sさん)と話して仲良くなる。
昼食がもの足りず、病院の売店で飲み物やお菓子など購入。
手術前に、思う存分食べまくる。


午後に陰毛カット。どうなるのかとドキドキしていたが、
バリカンであっという間に終わる。
カット中に、担当の看護師・Aさんといろいろしゃべった。
手術を不安がる私に、Aさんは、「私もお腹切ったことあるけど大丈夫」と
安心させてくれた。
抗生剤の皮内テストをして、そのあと入浴。


夕飯が来るころ、夫が来た。
私は夕飯をとりつつ、夫としゃべる。


15時、18時、2回下剤が出た。


20時、安定剤出た。
薬剤師さんの説明も受けた。


安定剤を飲んだわりには、あまり眠れなかった。
やはり緊張していたのだろう。


21時以降は飲食がダメだったので、21時前にお茶をがぶ飲みしたら、
夜中にトイレしたくなって、それもあって、よく起きた。

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