手術

2007年6月18日 (月)

初めての手術

本日2回目の更新です。
またまた日記より書きだします。



2002年11月12日・手術日


今日は断食。そのため、水分補給の点滴を受ける。
針が入るか心配だったが、担当の看護師Aさんは一発で入れてくれた。


朝は浣腸を2回もした。大変だった。


T字帯と裾の長い寝巻(病院着)に着替えてくださいと言われて着替えるが、
T字帯の仕組みがわからずあたふた・・・・
結局、看護師のAさんと母に手伝ってもらい、なんとか着替え終わる。


夕方、父と妹が来る。


手術時間は16時~17時、の予定だったが、なかなか呼ばれず、
どうせ術後はずっと寝てなきゃならないんだし、と思って、
点滴の棒をガラガラ引きながら、婦人科病棟を歩き回る。
何も食べてないので、「お腹すいたー」を連呼しつつ歩く。


お隣のベッドのSさん(初日に仲良くなった同じ30代の人)は、
昼に手術して順調に終わったのに、私の番はなかなか来ない。


18時近くにやっと呼ばれ、抗生剤の点滴も始まる。
準備麻酔のシロップ(すっごく甘い)を飲んだら、
「寝ててください」と言われ、ベッドで横になる。


寝ているところへ、仕事から帰ってきた夫が来たので、
「もう終わったよ」といって騙したら、「うそっ??!!」と、驚いていた。


18:30過ぎ頃、手術室へ向かう。
ベッドに乗せられたまま行くので、「テレビドラマみたーい!!」と
はしゃいだら、家族はあきれていた。


手術室へは、病棟の看護師さんたちは入れず、
私だけがベッドから配膳台のような銀の板みたいなのに乗せられ、
ベルトコンベアーみたいなので動いて、手術室の入り口に入れられた。


そこから手術用のベッドで手術を行う部屋まで移動。


コンタクトレンズもメガネもしていないので、手術室の様子は
ぼんやりとしか見えなかったが、壁がきみどり色だったのは
はっきりわかった。


ぼーっとしてたら、麻酔科の先生が来て
「今日は6人も手術があったから、遅くなってごめんね。
お腹すいてるだろうから、寝てる間にご飯の夢でもみててね」なんて
言われる。


まず背中に痛み止めのための管を入れる(硬膜外麻酔)。
丸くなって足を抱えていなければならない姿勢に疲れてしまい、
「あ~足しびれた~」と、何気なく言ったら、麻酔科の先生は
「ええっ?!しびれてる?!」と、大慌て。
私も慌てて「あっ、そうじゃなくて、ただ疲れただけなんです!」と訂正。


背中の処置が終わって仰向けに。
手を台に固定されたので、顔がかゆくなったけど、かけなかった。


「じゃ、今度は麻酔の点滴入れますからね。少し痛いですよー。」
と、言われた瞬間、ホントに腕に痛みが走り、
「痛い、痛い、痛い」と3回言ったところで記憶がなくなった。


夢を見ることもなく、「こうめさん、終わったよ、わかる?!」と、
肩を叩かれて目が覚めた。


口の中に人工呼吸の管が入ったままだったので、吐きそうになるが、
「まだダメ!痰を抜くからね!」と言われ、吐きそうになるのを耐える。


人工呼吸の管を取って、少し楽になるものの、お腹の痛みがひどくて
麻酔で朦朧としつつも「お腹痛い~。お腹痛い~。」と、ずっと言っていた。


何か冷たいものを足に当てられ、「感覚どう?」と聞かれる。
足は冷たく感じたが、お腹に同じものを当てられた時は、
触ってる感じはあるものの、冷たさは感じなかった。


手術室から外のベッドに移され、お腹にさらしを巻かれ、
病室に戻った時には21時近く。
同じ病室の人たちみんな起きていてくれて、家族と一緒に
「おかえり~」と迎えてくれた。


病室では、痛み止めの坐薬を入れ、
足をマッサージする機械(血栓防止のため)と酸素マスクをつけられた。


夫は心配そうな顔で「頑張ったね」と言っていた。
(私ががん告知を受けたのは1週間後くらいだったけど、
家族は、術後に摘出したものを見せられ、主治医から
「この感じでみても・・・ほぼがんに間違いないと思います」と
説明を受けていました。なので、夫は心配そうな顔をしていたんだろうと
思います。)


遅い時間になったので、家族はすぐに帰っていった。


痛み止めの坐薬が効いたのか、痛みが少し治まり、眠る。


夜中、酸素マスクが蒸れて、顔がかゆくなってかきむしっていたら、
看護師のAさんが、鼻から酸素を入れるチューブに取り替えてくれる。
そのあとはかゆみも治まり、少し眠ることができた。

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