不妊

2007年2月 1日 (木)

降りました(^^)

降りました~雪で~す!
と言っても積ったのは2cmほど。
いつもと比べたら、たいした降雪量じゃありません。
天気予報では、明日の朝までに15cmくらいに
なるらしいけど、どーかな?
最近、予報が当たらないからな~。
水分が多くてベチョベチョの雪だし、
またすぐ溶けそうです。


今年は雪だるまが作れないなぁ~つまらん!!
雪合戦もできないよぅ(T_T)(←誰とやるんだ?笑)




忙しいとか言いつつ、連日ブログ更新してる私・・・・完全に現実逃避です(^^;)
来週あたり、急におとなしくなるかもしれません。
(というのも、今抱えてる仕事の締め切りが来週末だから。)
急にコメント見なくなったなーと思ったら、忙しさで撃沈してると思って下さい。

ところで、厚生労働大臣の発言で騒がれているこの頃ですが、
引っかかることがひとつ。

与党内からも「辞任すべき」という話が出ている、というニュースの中で、


「このままでは、参院選に影響が出る」


と、言っている議員を見ました。


あ゛??選挙に影響??


じゃ、選挙に影響出なかったら、辞めなくていいのか??


選挙に影響出なかったら、何を発言してもいいのか??


すっごく疑問に思ってます。

内閣府特命担当大臣の、高市早苗議員のHPに悲しい話が出ていると
人から聞いたので、読んでみたら・・・
(詳しくは、大臣ウィークリーの「不妊の女性にも温かい社会であって欲しい」を
お読みください)

「自分が子供を産んでから、少子化対策について発言しろ」
「子供も産めない女が少子化担当大臣をするのはおかしい」
というような指摘がある、とのこと。

世の中、いろんな考えの人がいますから、仕方がないとは思います。
でも、子供が欲しいのにできない私としては、こういう話を聞くと、
やっぱり悲しいです。

いろんな考え方がある、ということを認め合いつつ、
お互いの考えや生き方を尊重しあったり、相手の痛みに寄り添い合える
世の中になったらいいのになぁと、願うこの頃です。

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2006年12月14日 (木)

さんざんな12月

またまたご無沙汰してしまいました。

私用であれこれ忙しかったのですが、それが落ち着き、
やっとパソコンに向かう時間が取れそう~と思ったら、
今度は風邪をひき、しばらく寝込む羽目に・・・・
今回の風邪は頭痛がひどく、起き上がることができませんでした。

「あ~もぉ~みんなとしゃべりた~い!!」と、ずっとウズウズしていました。

頭痛も治ってきたし、そろそろパソコンの前に座れそう・・・と思っていたら、
昨日、またもや凹む出来事が・・・・!!
凹んだ内容に関しては、詳しくここに書くわけにいかないのですが、
かなりのダメージを受けました。

今も凹んでるけど、でも、みんなとしゃべりたいし、早くブログ更新しなきゃ!と
昨日はパソコンに向かうつもりでいました。
そう思っていた矢先、今度は友達(この友達についてはコチラの記事へ)から、
メールがきました。
「昨日、無事に女の子を出産しました~。久しぶりの育児、楽しんでま~す!」
という内容で・・・・・(「久しぶり」というのは、友達は2人目の出産だからです)

メールが来たこと自体はいいんです。向こうは私が凹んでるなんて
知らないわけだし、それはべつにいいんです。

だけど・・・・人が凹んでる時に、こういうメールが来るなんて・・・・

タイミング悪すぎる!!神様のバカぁ~!!うえ~ん!!
と、神様のせい(すまん、神よ!!)にして、昨日は大泣きしたのでした。

前に凹んだ時、みんなから「泣きたいだけ泣く」と言ってもらったし、
ガマンしてちゃダメだ~と思って、ホントに思い切り泣きました。

今日もまだ涙が出ます。

風邪で仕事を休んでて、今日久しぶりに仕事に行きました。
「先生、お休みしてたの?今日から来たの?明日もまた来てね」
「先生好きだから」
と、声をかけてくれる子がいて、もうそれだけで泣けそうでした。
ツライ時に聞く、子どもの言葉は身に沁みます。

あれこれと忙しかったことから始まり→風邪→凹む・・・・
さんざんな12月の始まりでした。

とうぶん気持ちは凹んだまま(というかここ最近凹んでばかり)だろうけど、
ずっと沈んでいるのはイヤなので、少しでも気持ちを盛り上げようと、
模様替えしてみました。
(クリスマスにはあまり関心のない私だけど、クリスマス柄のものを見ると、
楽しい気分になれそうなので。)

12月後半は楽しくなりますように・・・・

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2006年11月21日 (火)

主治医と出会うまで

病気のことを書かなきゃ!と思いつつ、すっかり時間が経ってしまいました。
前はいつ書いたっけ・・・?と思い、読み返すと、なんと9月8日!
(9月8日の記事はこちら

時間かかりすぎ~!すみません。

これからも時間かかっちゃうかもしれませんが、少しずつ書いていく
つもりなんで、お許しくださいませ~。

それでは、9月8日からの続きです。

通っていた大学病院をやめることにしたので、次はどこの病院に行こうかと、
婦人科に通ったことのある人から、いろいろ情報収集しました。

その中で候補にあがったのは2つの病院。
どちらも不妊治療では実績のある病院でした。

ひとつは県内の総合病院。
体外受精にも力を入れている病院ですが、産婦人科ということで、
待合室は妊婦さんも一緒、ということと、診察は平日の午前中だけで通いづらい、
というのが問題点でした。

もうひとつはおとなりの県の個人病院。
こっちは不妊専門病院で、妊婦さんはいません。
個人病院なので、午後や土曜にも診察があります。
でも遠いので、通うには、高速道を使っても、行くだけで1時間ちょっと
かかってしまうというのが問題点でした。

どっちにしようか・・・と悩んでいたとき、同じアパートの人と話をしました。
(今は一戸建てに住んでいますが、その頃はアパートに住んでいました。)
その人は、私たち夫婦が住んでいた2階の部屋の、下に住んでいた人で、
やはり不妊に悩んでいました。
あそこの病院がいいらしいよ、とか、時々、情報交換していました。

その人の友達が、私が迷っていた病院のうちのひとつ、
県内の総合病院で、体外受精をして妊娠できた、という話を
たまたまその時に聞き、「その友達が言うには、あの病院のK先生が
いいらしいよ。」ということも、一緒に教えてもらったのです。

おとなりの県の不妊専門病院も気になるけど、やっぱり近いほうが
通うのにいいのかも・・・と、その話を聞いたときに決め、
2001年5月、初めてその県内の総合病院の産婦人科に行ったのでした。
同じアパートの人から、K先生が初診を担当している曜日を
教えてもらっていたので、ちゃんとその曜日に行きました。

それが、今の主治医(K先生)と出会ったきっかけです。

初めてあった時の主治医は、説明は丁寧でしたが、表情は淡々としていて、
「ホントにこの人、いい先生なのかしら~?いいのかな~この先生で?」
と、ちょっと不安に思うくらいでした。

大学病院でのいきさつを話したら、「もし旦那さんの状態が悪いなら、
すぐに体外受精をやってみましょう」と言われたのですが、
次の診察時に、夫のブツを提出したら、「旦那さんの状態、全然悪くないよ。
これなら、人工授精からでもいいんじゃない?」と言われ、
その時やっと、「あ、この先生でいいのかも」と思えました。

それで、しばらくその総合病院で、人工授精をやりました。
と言っても、診察は平日の午前中だけなので、
排卵日が土日と重なったり、診察日に自分が行けなかったりして、
2001年5月から、2002年の2月まで、人工授精は合計5回しか
できませんでした。(もちろん、5回とも妊娠はせず・・・)

なぜ、2002年の2月までなのか・・・

長くなったので、続きはまた次回へ・・・。

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2006年10月25日 (水)

ペコちゃん

先月からいろいろあって、気持ちが沈みがちだったのですが、
プールで水に入るようになってから、妙に気持ちが落ち着いて、
ここ最近はかなり気持ちが復活してたのに、なんだかまた凹んでおります。

友達からメールがきたのが凹んだきっかけです。
といっても、メールにはなんの問題もなく・・・
私が勝手に凹んじゃってるだけなのですが・・・

メールをくれたのは、7月1日の記事に出てくる友達なのですが、
「専門学校時代の友達何人かで集まろうって話してるんだけど・・・
都合はどうかな?久しぶりにみんなで会いたいね。」
というような内容でした。

そしてそこには集まる予定の友達の名前が書いてありました。
久しく会っていない友達の名前もあり・・・会いたいとは思うのですが・・・

気になるのは、私以外、全員が子持ちということ。
しかもその中には最近出産したばかりの人&妊娠中の人もいるということ。

これは間違いなく、子どもの話&子育て話が中心になるだろうな・・・
「子どもはまだ?」とか聞かれそうだなぁ・・・・
そう思うと、なんだか参加する気にはなれず・・・
「都合が悪くて行けそうにないの・・・ごめんね。」とメールしてしまいました。

「男なら子どもの話が中心ってことはないだろうな~」
「女って面倒だなぁ~」
「これからもこんなこと考えながら、友達と会う、会わないを
決めるのかなぁ~」

いろいろ思ったら、すっかり気持ちが沈んでしまいました。

いろいろ思わなければいいのでしょうが、どうもこういうことには
いろいろ思ってしまう私。まだまだ成長しきれてないですね。

気にせずその集まりに参加すればいいのでしょうが、
私以外が全員子持ち、という状況の中で、平常心を保つ自信がありません。

やっぱりまだ成長できてないですね・・・・
修行が足りんなぁ・・・と、反省。


気持ちが沈んで落ち込んでくると、ケーキで気持ちを癒そうとする私。

今日は「不二家」に行っちゃいました!
そう、ペコちゃん人形が立ってる店です。

不二家の前を車で通る時、いつもやることがあります。

運転している夫に
「ねぇねぇ、ペコちゃんが“寄ってって”って言ってるよ~」
「寄ってくれなきゃ泣いちゃう~って、泣いてるよ~」
「行って、ケーキ買ってあげなきゃ!」
と、言うのです(えっと・・・まじめに、です。アブナイ病気じゃありません!)

夫は、いつものことなので、知らん顔(半分あきれ顔)して
「泣いてても仕方ないねぇ・・・あんたが太ると困るからねぇ~」
と、車を走らせ、店の前を通り過ぎます。

このやりとりが、いつも不二家の前を通るときに繰り広げられるのです。
(えっと・・・くり返しますが、病気じゃないです・・・)

今日はひとりで買い物に行ったついでに不二家に寄ったので、
このやりとりはなかったのですが、冷蔵庫にケーキの箱があるのを見た
夫がひと言・・・
「ペコちゃんに“寄ってって”って言われたのか?」

まさかこんな風に夫から言われるとは思わなかったので、面食らいましたが、
「うん、そうなのよ~。“安くしとくから”って言うからさ~仕方なく寄ったのよ~。
でも、ちっとも安くしてくれなかったわ~。ペコちゃん、嘘つきだよねぇ」
と、返してみたのです。

すると夫は・・・
「そうなのか~。それじゃ、“嘘ついたこと、ポコちゃんに言うよ”って
言ってやったらどうだ?」などと返してきたのです。

くぅ~まさかこんな返しがくるとは・・・・負けたぁ~!

いつも私のおバカぶりにあきれてる夫ですが、今日はめずらしく
このおバカに付き合ってくれました。

なんだか・・・・ちょっぴり元気でました(←単純。)

最後にもう一度言いますが、病気じゃないです・・・
見捨てないでください・・・・お願いします・・・・

ブログの中でも壊れてますが、家の中でも壊れてる私です(^^;)

061025_1458 ←ハロウィンのケーキ。
  「かぼちゃのモンブラン」でーす(^^)
  
  「嘘つき(?)ペコちゃん」乗ってます。

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2006年10月12日 (木)

夫とわかりあえるまでの時間

以前から、私の夫の対応について書こうと思っていたのですが・・・

すみさん、れひさん()、の記事を読ませていただいて、
私も思うことがあるので、書いてみようと思います。

私は夫と2人暮し。毎日顔を会わせる夫の対応が、
私は一番気になります。
(普段は気にしないけど、私に大変なことが起こった時の対応が
気になるのです。)

不妊治療をしていた時も、がんになった時も、私は
「夫に支えてもらいたい」と思っていました。
ここが「夫婦としての絆が試される時」なんじゃないかと、
勝手に思っていました。

でも・・・・

まず、不妊治療ですが、身体的な負担はどちらかといえば
女のほうが大きいと私は思います。

排卵日が近くなってくると、毎日のように病院通い。
私はその頃、1日働いていたので、仕事のあとに病院、
そして内診&排卵誘発の注射、そのあと買い物して
うちに帰ると夕飯の支度・・・
こんな生活をずっと続けていると、ストレスがたまってきます。

で、つい夫にあたりちらしてしまうのです。
「不妊は夫婦2人の悩みなのに、なんで私ばっかりこんなにつらいの?」
「仕事して、病院行って、ご飯の準備して・・・もう疲れた」
いろいろ夫に言いました。大泣きしてわめいたことも多々あります。

その時私は、ただ夫に支えてもらいたかった。
「お前はつらかったんだな」と私の気持ちに共感してもらいたかった。
夫を責めるつもりは全くなくて、つらい気持ちを受け止めて欲しかった
だけなのです。

でも夫は「しかたないだろ!」としか言ってくれませんでした。
ずーっとあたりちらしていると、夫もイライラしてくるらしく、
「俺にどうしろって言うんだよ!」と怒られたこともあります。

その対応に正直、がっかりしました。
「なんでこんなこと言う人と結婚しちゃったんだろ・・・」と
真剣に悩みました。

私があたりちらすからいけないんだと、自分を責めることで
この問題を解決しようとしました。


そしてその後、私はがんになりました。

この時も私はやはり夫に「一番の理解者」になってもらいたいと
思っていました。

手術してから1週間ほど経ったある日のことです。

その日は日曜日。
私が入院していた病院では日曜に退院する人が多くて、
私は、仲良くなった人たちが次々と退院していくので
寂しく、心細くなっていました。
早く夫が見舞いに来てくれないかと待っていました。

でも・・・夫が来たのは18時くらいでした。
私は夫を責めました。

「今日は休みなのに、なんでこんなに遅いの?」
「休みだから早く来てくれると思って待ってたんだよ」
「みんな退院しちゃって寂しいから、○○(夫の名前)と
しゃべりたかったんだよ」

私は夫に、私の寂しい気持ちを受け止めてもらいたい、
「ごめんね」と言ってもらいたい、ただそれだけだったのです。

でも、どうやら私が責めすぎたのが夫は気に入らなかったらしく・・・

「何時に来ようが、こうして毎日来てるんだから、
それでいいだろうが!!」と、怒ったのです。

この言葉にはまいりました。
「毎日来てればそれでいい」なんて思ってたんだ・・・とショックでした。

もし逆の立場なら、私は夫の見舞いに一生懸命になってたはず。
夫が心細くなってないか、平日は仕事でしかたないとしても、
休日は早めに見舞いに行って、1日様子を見てくるはず。
それが「家族」「夫婦」なんじゃないの・・・・?
この人、私のこと、心配じゃないんだ・・・。
そう思えて仕方なかったのです。

それからはもう「夫は頼らない、頼りにならない」と思うようになり、
抗がん剤でウツっぽくなってる時も、主治医や仲良くしてた看護師さん、
病院で知りあったがん患者さんたちに悩みを相談して、
夫にはひと言も「つらい」とは言いませんでした。

「家族に支えてもらって・・・」なんて話を聞くと、
「そういう家族がいる人はいいなー」とずっと思ってきたのです。

でも、いつか夫にこの気持ちをわかってもらえたらいいのに・・・とも
思ってきました。

「もうすぐ手術してから4年になるし・・・ちょっとあの時のこと、
言ってみようかな」と思い立ち、今年の夏、
「毎日来てるだけでいいやろって言われてものすごく傷ついたんよ」
と、話してみました。

すると夫は・・・
「俺、そんなこと言ったか~?」

えええ~っ!!覚えてないのぉ~??おいおい・・・
私の4年間を返してくれ~!!

でも、気を取り直して、夫が言ったこと、その時感じた私の気持ちを
話してみました。

ウツっぽくなってつらくて、毎日泣いていたことを話すと、夫は
ショックを受けたようでした。
「でも、そっちに言ってもわかってもらえないと思って・・・・
私、ひとりでつらかったんよ」
「本当はあんたに支えてもらいたかったんよ」
そう話すと、真剣に聞いてくれました。

よくよく夫と話してみると、私も思いやりに欠けていたなと思いました。

夫は私の前で心配そうな顔をしたことがありません。
私から見れば「この人、私のことが心配じゃないんだ」と
思うくらいでした。(もともと表情豊かな人ではないのですが)

でも、夫は私が手術した日の夜、うちで一人、泣いていたらしいのです。

私ががん告知を受けたのは、病理検査が出たあとでしたが、
家族はもう手術後の説明で、切り取った卵巣を見せられながら
「ちょっとこのカンジで見ても・・・ほぼがんに間違いないと思います」
と主治医から言われていました。

術後の私は麻酔で少し意識がもうろうとしつつも、
「痛い~痛い~」と言い続けていたようで、
主治医から「がん」と聞かされ、私が「痛い」と言い、
もうそれで、「こいつ、死んじゃうかもしれないんだ・・・
死んだらどうしよう・・・」と夫はかなり不安になったらしく、うちで
泣いていたようなのです。

今までそんなことを夫は話したことがありません。
でも、話をしたことで気づきました。
夫は夫なりに悩んでいたのだということ。

それなのに私が責めたもんだから、余計にイライラしたのでしょう。
私も悪かったな・・・と反省しました。

不妊のことでも、私は「夫にはわかってもらえない」と思って、
話してこなかったことがたくさんあります。

でも、2年ほど前に、そのことに対する私の気持ちを話してみました。
すると夫は「そんなに思いつめていたとは気づかなかった。
これからはもっと俺に話してもいいから」と言ってくれました。
なので私も「もしかしたらまた、あたりちらしたり、責める言い方をするかも
しれない。でも、そういう時は怒らずに聞いて欲しい」とお願いしました。

不妊のこと、がんのこと、2つのことから気づいたことがいろいろあります。

家族といっても、自分と同じ思い、同じ考え方をしているのではないということ。
きちんと話さなきゃ伝わらない気持ちもある、ということ。
夫も夫なりに考えているのだということ。   などなど・・・

そして、こういうことに気づくには時間も必要、ということ。

抗がん剤の真っ最中に、「相手を思いやって話す」なんて無理です。
私はできませんでした。わがままかもしれませんが、自分のことだけで精一杯。
逆に「もうちょっと私のことを思いやってくれ~!」と思っていたくらいです。

夫や彼氏の発言&態度に悩み苦しむのは、本当にその人のことが
好きだから。大切な人だと思っているから。
好きな人から言われる言葉ほど、重いものはないから。
だから苦しいんだと思います。

すみさんや、れひさんの記事に、私も胸が痛みました。
でも、時間が解決してくれることもあります。
こんなことを言ってる私でも、夫とはなかなかわかりあえないと
感じるときが今でもあります。
そんな時はとても苦しくなります。
苦しいと感じている時は、どんなに話し合ってもわかりあえなかったりします。
少し時間を置くと、見えてくるものもあります。
そうすると、すんなりわかりあえることもあります。

うまく言えませんが、深刻な話題ほど、わかりあうまでに
時間がかかるのかもしれないですね。

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2006年9月 8日 (金)

不妊から始まった病院遍歴

紀子さまご出産ニュースは国としてはうれしいことですが、
私個人としてはちょっと複雑な心境です。

私自身、不妊に悩む経験があり、そして、
雅子さまの心情を思うと素直に喜べないのです。
「男系天皇の歴史を守らねば」などと言っている政治家を
見ると、「じゃ、お前が産んでみろ!」と言いたくなります。

産みたくても産めない人がいて、それがどんなに苦しいことか・・・
これもやはり経験しないとわからない気持ちなんでしょうね。

ちょっとこの出来事で自分のこともいろいろ思い出したり
してたので、今回は自分の病気のことを書こうと思います。

だいたい、サブタイトルに「30代卵巣がん患者の日記です」
なーんて入れてるくせに、あまり病気のことを書いて
こなかった・・・と、ちょっと反省。

私の病院遍歴から書こうと思ったのですが、そうなると、
不妊治療のことにも触れないわけにはいかないので、
まずそこからお話していこうかなと思います。

私が結婚したのは1998年の夏。すぐに子どもが欲しいと
思っていたけど、もともと生理痛がひどくて気になっていたので、
結婚して1ヶ月後に婦人科へ行きました。

その頃、妊娠中だった友達が、流産の危険性があるということで
開業医さんのところに入院してて、そこに見舞いに行ったら、
友達が「ここの先生やさしいし、生理痛のこと、相談してみれば?」と
言ってくれたのがきっかけでした。

たしかにそこの先生はとてもやさしくて、説明も丁寧でした。
「結婚されたばかりだし、1年くらいは様子をみて、それでも
妊娠しないようだったら検査してみましょう」と言われ、
生理痛の鎮痛剤だけをもらう日々が続きました。

1年後の1999年の夏、やっぱり妊娠しないので、検査をしました。
血液検査、卵管造影検査、などなど、いろいろしてみましたが問題なし。
「ご主人のほうも、泌尿器科で検査してもらってね」と言われました。

その時すすめられたのが大学病院だったので、
夫は大学病院の泌尿器科に行きました。
夫のほうも大きな問題はなかったのですが、
「運動率が少し悪い」とのことで、漢方を処方され、
それは今もずっと飲み続けています。

開業医さんの所で夫の結果を話すと、人工授精をすすめられました。
すぐにでも子どもが欲しかったし、すすめられるままに
人工授精をしたのですが妊娠はしませんでした。

私の中では「いずれ体外受精にも挑戦したい」という
思いがありましたが、その時はそこの開業医さんの所では
体外受精まではやっていなかったので、私も大学病院に
行こうかと考えるようになりました。
夫と同じ病院にしておけば相談もしやすいかなーという
思いもありました。

2000年に入ってから、さっそく大学病院の婦人科に
通い始めました。

大学病院では「開業医さんのところよりも、もう少し詳しく
検査してみましょう」と言われ、最初は「さすが大学病院!」
「こっちに移って良かった」などと思っていました。

大学病院には数人の産婦人科医がいましたが、ある日、
その中のひとりの先生が、「ご主人の状態も診たいので、
採取したものを持ってきてください」と言ったので、提出しました。

その結果を聞きにいった日のことです。
私は大きなショックを受けることになりました。

その先生は「ご主人の状態がものすごく悪いですねぇ。
こんな状態じゃ、人工授精どころか、体外受精したって、
妊娠なんかしませんよ。」と冷たく言い放ったのです。
(その頃、夫は忙しくて、疲れていたせいもあったのか、
産婦人科で調べた時、ものすごく運動率が悪かった
ようなのです)

「あの・・・泌尿器科でも診ていただいてますけど、
そんなふうに言われた事ないんですが・・・。
漢方も効いてますし、泌尿器科の先生は“大丈夫”って
言ってくださってるんですが。」と私が話すと、
その先生は、(これだから素人は困るぜ、みたいな
表情をして)「泌尿器科でどう言われてるかは知らないけど、
産婦人科とは診立てが違うんだよねぇ。
こっちでは、こんな数値では無理だと思いますよ」と、
またまた冷たく言い放ったのでした。

あまりの冷たい言い方に、その時は呆然として
反論もできず、涙も出ませんでした。

でも・・・
会計を済ませ、駐車場で自分の車に乗ったとたん・・・・
急に涙があふれてきました。
いくら自分の車の中とはいえ、周りには他の車もあり、
人目もあります。
でも、どう頑張っても涙は止められませんでした。

「なんであんな言い方されなきゃならないの?」
「医者なら“一緒に頑張りましょう”って言うべきじゃないの?」
「私はあんな言葉を聞くために大学病院に移ったの?」
いろんな気持ちがあふれてきて、しばらく車の中で、
大声でワンワン泣いていました。

今でもこの時の気持ちは忘れられないし、
その先生の名前や顔も忘れられません。
たぶん、私の中では、一生許せないと思います。

この出来事で、「同じ大学病院と言っても、違う科が
連携しているわけじゃないんだ」ということに気づき、
「もうここに来るのは止めよう」と思いました。

幸い、泌尿器科の先生は、とても感じのいい先生だったので、
夫のほうはそのまま大学病院で診てもらっています。

私の方は・・・
次はどこの病院に行こうかなーと考えて、
まずは情報収集せねば・・・と、婦人科に通ったことの
ある人などから、いろいろ話を聞くことから始めたのでした。


長くなったので続きはまた次回・・・。

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2006年7月 1日 (土)

みんな大好き

昨日、入院中の友達を見舞いに、病院に行きました。
この友達の話は、以前にカラカラさんのブログのコメント欄で話したこともあるので、
覚えていらっしゃるかたもおられるかもしれませんが・・・・

私には、専門学校で知りあった、親友がいました。
家族ぐるみで付き合うほど仲良しでした。

6年前、その友達は初めての子供を妊娠しました。
私は子供ができず悩んでいる頃で、それを友達も知っていました。
ちょうどその頃、海外旅行に行く計画を立てていた友達は、「旅行行きたいし、
子供おろそうかなぁ」と私に電話してきたのです。
私は、はらわたが煮えくりかえるとはまさにこのこと!と思うぐらい、
お腹が熱くなりましたが、冷静になって「旅行はいつでも行けるけど
子供はいつできるかわからないよ。世の中、欲しくてもできない人もたくさんいるんだから
そんなこと言っちゃいけないよ。それに私だって子供ができなくて悩んでるんだから、
私にそんな話しないで。」と、自分の気持ちを正直に話しました。
友達は「ごめん」と謝りました。

でも、この出来事は私にとって大きな傷になりました。
私が悩んでることを知ってるのに、なんでそんな話ができるの?
友達なのに、なんで傷つけるようなことを平気で言うの?・・・・と。
しかもその数日後、別の友達から「私にも同じ話で電話かかってきたよ」と
聞いたのですが、この友達というのが、何度も流産していて、「習慣流産」と言われている
友達だったのです。
なんで、流産で苦しむ人に、子供を「おろす」話ができるのか・・・・
その友達のデリカシーの無さにあきれ、その時、私の中で「親友」だという思いも
消えてしまいました。
それでも、それから6年が経ち、私の中でもその出来事は風化していき、
表面上は友達として、メールのやりとりとかはしていました。

そして数ヶ月前、友達から「二人目妊娠」メールがきました。
妊娠報告自体は、別になんとも思わないし、良かったねと言ってあげられるのだけど、
「女の子が欲しくて排卵日とか調べてもらいにずっと病院に通ってた」
「うまく妊娠できたわ」
「ビンゴ!でした」
とか書いてあったので、私はまた落ち込んでしまったのです。
子供ができるできないで悩んでいる人がいる中で、女の子が欲しいとか
性別を選んでいる人もいるのだという現実を突きつけられて、ホントに落ち込みました。

しばらくその友達と話したくないなーと思っていたのだけれど、
数日前に「切迫流産の危険があり、緊急入院しました。絶対安静だけど、元気だし、病院は退屈です」というメールがきました。
退屈だから来て欲しいのかな・・・と思いましたが、正直、行きたくありませんでした。
見舞いそのものはいいとして、友達に会うことで、私の気持ちが乱れてしまうのが
イヤだったのです。
ちょうど風邪ひいてたし、「うつすと悪いから」と理由をつけて行かなかったのですが、
まだ入院してるというし、いつまでも「風邪」だと言い訳してるわけにもいかないし・・・と
思って、昨日、「何があっても落ち込まない、傷つかない」と自分に言い聞かせ、
見舞いに行きました。

でも、自分でも思ってもみなかったほど、昨日は冷静に友達と話すことができました。

「来月、スマップのコンサート見るために、北海道に行く予定だったんだよね~。
でも、まだあきらめてないし、退院する時に、行ってもいいか、先生に聞いてみる
つもり。」と、友達が言った時には、「はぁ?!」と心の中で叫びましたが(^^;)

でもでも、昨日はホントに静かな気持ちで病院を出てきました。
それはやはり、ブログで出会えたみなさんの存在があったからだと思います。
前までは、ひとりで苦しんでいたけど、今はこうして話せるし、誰かに聞いてもらうことも
できるし、悩みをうちあけた時にいろんなアドバイスも頂けたり、ほかの人の
コメントを読んでいくうちに、今まで自分が気づいてなかったことに気づかせて
もらったり・・・・ブログでのやりとりは私にとって、本当に大きくて大切な存在です。
素敵なブログのお仲間に出会えたこと、感謝しています。

みんな・・・大好きだよーっ!!うおーっ!! (海に向かって叫んでるカンジ)

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